地域での学習会②(いなべ市)

5月13日(土) 賀毛神社社務所

 今年度2回目の「地域での学習会」はいなべ市。いつもの賀毛神社社務所をお借りしての開催でした。午後から強雨が予想されるあいにくの天気だったので、日程を少し前後しておこないました。

〇「五代アイと治田鉱山」(民上眞由美)

 五代友厚の次女の五代藍子(通称アイ)による治田鉱山の再開発についての掘り起こしで、詳細なパワーポイントでの報告でした。

 アイは治田(現いなべ市)に住み、地域の人は「おとこ女」と言っていたそうです。民上さんも見かけたことがあり、その様子をスケッチで紹介して下さいました。民上さんのお父さんは「あれはお公家さんやで」と言っていたそうです。

 土石流で埋没してしまった治田鉱山の遺跡の、埋没前の画像も貴重でした。

〇藤原小学校の今(菅野綾乃)

 旧藤原町の小学校5校を統合して2017年度に開設した藤原小学校。藤原中学校も併設され、職員室も同じ場所だそうです。中学生が小学生に本の読み聞かせをするなどの取り組みもすすんでいます。

 子どもを中心にして課題を見つけ、取り組みをつくっている、員弁らしい教育の報告でした。

 雨が強くなる前に、午後の予定を繰り上げて現地見学をしました。

 治田小学校と笠間小学校の奉安殿の後、サンクチュアリ(いなべ市藤原町)の美味しいマス料理をはさんで、小滝川の土石流現場へ。

 現地には巨大な砂防ダムが造られ、自然の力の大きさがわかりました。強く降る雨の中で砂防ダムを見ると、自然災害を身近に感じました。

〇「パンプキン・コンビナート、そしてフクシマ  四日市で原発を考える」(早川寛司)

 再び賀毛神社社務所に戻って、京都大会レポートの報告を聞きました。早川さんのダイナミックな取り組みです。

 この年の5年生は、沖縄や長崎(漁業)など、手紙を自分たちでよく出し、その一つの毎日小学生新聞が来校されました。

 戦争と公害の共通点は「国策」「命の軽視」「子どもも犠牲になったこと」に気づいた子どもたちは、福島の原発事故についても考え、東京電力にも手紙を出しましたが、返事は来なかったそ

うです。毎日小学校新聞の編集長との学習で、原発に賛成か反対かは結局「国の安全対策が信じられるか、不安なのか」に集約されていったのは見事でした。

 また、憲法9条「陸軍・海軍・空軍その他の戦力」の「その他の戦力」の英訳は「as well as other war potential」つまり「戦争を可能にする能力」「軍需産業」のことも意味するので、プルトニウムができる原発もこれに含まれるのではないかという指摘も心に残りました。

 鉄腕アトムが誕生したのは2003年4月7日ということは知っていましたが、「バックー・トゥザ・フューチャー」でタイムマシンが帰って来たのは2015年だったというのは気づきませんでした。映画では、車の燃料はバナナの皮などバイオエネルギーに代わっていて、原子力は放棄されていましたが、早くそんな世の中にしたいと思いました。

 (報告に夢中になっていて、早川さんの撮影を忘れてしまいました。すみません…)

地域での学習会①

4月7日(土) アスト津 ミーティングルームA

 今年度最初の「地域での学習会」。実践報告と現地見学を組み合わせた恒例の学習会です。

 午前中は京都大会レポート2本から学びました。

〇「よりよい図書館づくりをめざして」(中嶋千絵)

 降って湧いたように出てきた亀山市の駅前図書館構想に、疑問や違和感を感じた市民が市と交渉をもち、よりよい図書館を作るための具体策を提起されている報告でした。書店やお母さんたちとのつながりも少しずつ広がっています。歴教協らしい「地域に学び、地域とつながり、地域を変える」取り組みでした。

〇「地震記念碑を地域の減災に活かす~防災学習会で講演したこと~」(新田康二)

 三重県各地の地震・津波・災害記念碑(墓地を含む)を精査され書籍にまとめられた新田さん。その成果が注目され、NHKの「ナビゲーション」でも紹介されました。「石碑は津波の実像を伝えている。どんな規模の津波があり、どうしなければならないかを伝えている」と新田さん。神津佐(南伊勢町)では盆踊りの歌に津波が歌い込まれているなど興味深いお話でした。各地の講演会に呼ばれ、その地域の災害記念碑をもとに語られるのでインパクトは絶大です。地域の掘りおこしの典型的な取り組みでした。

 この日の昼食は中嶋さんがお弁当を作って来て下さいました。中嶋さんは退職後に調理師免許や野菜ソムリエの資格を取られ、調理師としても働かれたことがあります。三鈴支部では毎年「中嶋さんの手料理を楽しむ会」を例会でして人気ですが、この日は全県の方に賞味して頂けました。

 中嶋さん、どうもありがとうございました。

 第3回の地域学習会でも用意して頂ける予定です。

 午後は津市内の現地見学をしました。最初に行ったのは香良洲歴史資料館。津空襲や戦争の事実を物語る写真や実物資料、予科練の資料などを見学しました。近くに作られている「命壇」も見学しました。それから水分神社、軍馬軍犬碑と陸軍墓地、寒松院の被爆墓石(藤堂家)を訪れました。若い会員が増えたこともあり「初めて来た」という声が多かったです。

 新田さんの案内で行った浄明院(津市)。江戸川乱歩と言えば名張や鳥羽と思っていましたが、津市にお墓があることには驚きました。歴史の深さを感じました。その後、塔世橋の被爆欄干を見学して終了しました。

18年度総会

3月21日(水祝) アスト津

 午前中は17年度の活動・決算報告、18年度の役員・活動案などの討議をおこない、今年度の取り組みの内容が決まりました。

記念講演

「朝鮮の今、朝鮮の真実を伝える困難さ」

(フォトジャーナリスト  伊藤孝司さん)

 三重在住のフォトジャーナリストで、朝鮮民主主義人民共和国を何度も取材されている伊藤孝司さんに、共和

国の現在の姿を、豊富な写真を使って語って頂きました。一番驚いたのは、東京のキー局は、共和国をパッシングする内容でなければ放送しないと明言し、大手雑誌も記事を掲載しても本文と正反対のタイトルをつけるということです。

 視聴率至上主義のテレビと、販売部数を気にする出版業界の事情があるそうですが、その報道を見て日本人、特に子どもたちの認識は育つので、重大な問題で

す。伊藤さんからは「やせた子どもの映像は90年代後半のもので、今は食料自給に成功している。地平線までりんごの木が植えられていたり、肉をとるための牧場もある」「平壌と地方都市の格差はある。平壌の発展はめざましいが地方はそれに追いついていない。どの町もまず図書館を立派にする。本ではなくパソコンを充実させ、コンピュータネットワークが極端に発展している」「敗戦直後の遺骨収集と墓参、日本人妻や在留日本人の里帰りは早急にする必要がある」「板門店で脱北した兵士は、泥酔状態で友だちとふざけていて、韓国に逃げ込む羽目になったらしい」「国の政策で、ノルマを払えばそれ以上のものは自分の利益にできるようになったので、生産量が上がっている。日本に漂着した木造船もさらに収入を得るために来たのだろう」などなど、多くのお話を聞かせて頂きました。

 伊藤さんは共和国に38回、韓国に45回、アジアに約200回行かれ、800人の聞き取りがあるそうで、膨大なインタビューのビデオを編集して多言語のナレーションをつけたいそうです。業者に発注するにはお金がかかるそうなので、少しずつでも協力したいと思いました。

三重県歴史教育者協議会
略称:みえ歴教協
(みえれっきょうきょう)
〒513-0012
鈴鹿市石薬師町354
      萩森繁樹

 

お問い合せは下記フォームからお願いします。

メモ: * は入力必須項目です