19年度総会

3月21日(木祝) アスト津・ミーティングルームA

 午前中は18年度をふり返り、19年度の活動計画を決定しました。18年度も活発に活動でき、財政的にも安定したことを確認できました。

 19年度も月1回の活動を原則に、地域での学習会、社会科授業づくり講座、フィールドワークなどに取り組むことになりました。

 会員の近況や活動の交流もできました。

「ビンの中のお父さん」 坂牧幸子さん(三友会事務局長)

 午後は記念講演会。

 坂牧さんは1才3カ月の時に、爆心地から1.8km離れた長崎市稲佐町で被爆されました。その時の光景は記憶にありませんが、小学校2年生の時に母親が原爆症で亡くなり、妹は養女にもらわれるなど、原爆の被害は重く長く続きました。

 坂牧さんが20才の時に、一つ年上の同僚が白血病で亡くなります。その方は爆心地から2kmの所で被爆されていました。20年たっても原爆症は出る、しかも自分より遠くで被爆しているのに… 「ヒヤヒヤした」と語られた坂牧さん。原爆や放射能の非人間性や怖さが伝わってきました。

 25才の時に、お父さんも原爆症で亡くなります。その時、ABCC(原爆傷害調査委員会)が献体を要望してきます。「原爆症で苦しんでいる人のために」と言われ、苦渋の選択で承諾した坂牧さん。ご遺体はお通夜までに戻りましたが、着物にくるまれた体から内臓は取られていました。その献体が軍事に使われていたことを知り、坂牧さんは怒りを感じます。さらに、お父さんの内臓が今も長崎大学に保管されていることがわかり、訪ねられます。次の戦争やテロの対策のためにプルトニウムの人体実験までしたアメリカの放射能対策もわかりました。

 今も核廃絶を目指して活動されている坂牧さん。次の世代が同じ苦しみを繰り返さないために、被爆者の思いを語り続けられている姿に感動しました。坂牧さん、どうもありがとうございました。

三重県歴史教育者協議会
略称:みえ歴教協
(みえれっきょうきょう)
〒513-0012
鈴鹿市石薬師町354
      萩森繁樹

 

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